古代の遺跡として有名なストーンヘンジだが再建されたまたは移転したなどということを聞いたことがあるだろうか。
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紀元前1700~1400年ごろ建てられたというストーンヘンジだが
1954年~1958年に英国政府により建設されたという写真がロシアのサイトに掲載されている。 
全部で108枚の写真があるがその中からいくつかを。
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写真を見ると何もない土地に新たに穴をあけ石を並べているので補修しているようには見えない。
どこから石を持ってきたのだろうか。
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これはコンクリートなのだろうか?遺跡にコンクリート?
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特徴のある石を現在のGoogle Cultural Instituteからキャプチャーしてきた画像で比較してみた

ストーンヘンジ比較1
まるでコンクリートの基礎が見えているかと思えるような石。
ストーンヘンジ比較2
ストーンヘンジ比較3
ストーンヘンジ比較4
現在のストーンヘンジとロシアのサイトにある写真の石も同じように思える。
ストーンヘンジは本当に歴史ある遺跡なのだろうか。

1885年に撮られたという写真(影がおかしいとの意見も)
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1927年に撮られたという写真 石の形、場所が違う?
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1910~1920ごろ?
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ロシアの fishki.netによると  (web翻訳)
1、ストーンヘンジ領域で最初の軍事演習は、1898年に開催された。
2、その時から、第二次世界大戦まで、防衛省は区域の広大な土地を買った
3、現在、防衛省は390平方キロメートルを所有し、ストーンヘンジの近くでは、他のアクセスを永久に閉鎖され、そのうちのいくつか厳しく制限されています。 (軍事基地最寄りウィキマピアの境界線で - 北へこれらの石から1.6キロ、および軍用滑走路 - 南東に5キロ)。
4、ストーンヘンジの近くで支店鉄道、空港があったが、後に削除された軍用飛行場ストーンヘンジから1マイルの距離でかなり近づいていたことを他のソースが存在する
5、1943年インベルストーンヘンジから15キロ)と、パーヒントン村が追い出されたインベルの記事によ ると村は軍事下におかれたとある
6、ストーンヘンジより2マイル北に王立砲兵学校があり 340日を実射訓練をしている
7、南東9キロは軍用飛行場、 国防科学技術研究所に位置
8、ストーンヘンジから西へ17キロに軍事基地と航空隊のヘリコプター「アパッチ」 の空港がある
9、ストーンヘンジでは不発弾が蓄積されているため農業の活動はありません。このためストーンヘンジ周辺の緑の牧草地にはイギリスで最新の自然な芝生を表すように科学的価値がある。

  要約する:
- 100年以上前からストーンヘンジの領域は、軍航空機およびヘリコプターのパトロールによって保護されて閉ざされていた。
- 地元の住民は第二次世界大戦中に練習問題を口実に退去を余儀なくされた。 村は、軍を支配した、状況は今日まで持続する。
- ストーンヘンジ平野の広い領域にわたるSelkohozyaystvennaya活動禁止(?)
- 飛行場、鉄道などは廃止されたおそらく、ストーンヘンジ建設のより適切な場所を見つけるのは大変だったのだろう... "
言い換えればすべてが明らかである英国陸軍省による保護で、古代文明の中心」、「偉大な先祖の遺産」「人類の記念碑建立して霊性 として意識的かつ意図的に建立されたと。

出典-http://fishki.net/46388-stroitelstvo-stounhendzha-108-foto.html

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