チェコ共和国のセドレツにある全聖人教会とその地下にある納骨堂は4万人分の骨が装飾として使われています。

伝説によると1286年当時のセドレツの大修道院長がイエスが十字架に架けにされたとされるゴルゴダの丘から土を持ち帰り、修道院墓地に撒いたためこの墓地は神聖であるとされました。
そして神聖な墓地に埋葬されることを願う人たちがセドレツ近郊からだけでなく、近隣諸国のボヘミアやポーランド、バイエルンからも後を絶ちませんでした。
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14世紀にはペストが大流行し3万人が埋葬され、15世紀の宗教戦争でも数千人の人々が埋葬されました。
15世紀初頭はゴシック様式の地上一階地下一階建ての協会が建てられました、教会の建築に伴い埋葬者が教会の地下に移され納骨堂として使用されるようになり、墓地の規模縮小の理由から、教会の完成後も遺体の掘り起こしが続けて行われました。
1511年、半盲のシトー会修道士の記録によると、約4万人分にもの人骨が納骨堂に積み上げられたそうです。
1703年~1710年イタリア系チェコ人建築家のヤン・ブラジェイ・サンティニ・アイヒェルにより教会の地上部分と入口がボヘミア後期バロック様式に改築されました。
1787年に神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世による改革でシュヴァルツェンベルク家がセドレツ納骨堂教会の後見になり、19世紀には教会を購入します。
シュヴァルツェンベルク家は、木彫家フランティシェク・リントに内装制作を依頼するのですが、なんと納骨堂に納められていた人骨を内装の素材とせよというものでした。

全聖人教会
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骨で作られた聖杯
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シュヴァルツェンベルク家の紋章   画像-wikipedia
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花環装飾とシャンデリア、22個の頭蓋骨が飾られた小尖塔  画像-wikipedia
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人の骨の骨格のほとんどの種類を用いて作られているシャンデリア
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出典-http://exfun.ru/blog/foto/266.html


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