緑豊かなジャングルにある異様なほど大きな岩山、
かつて その山頂にはカーシャパ1世によって作られた宮殿がありました。
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スリランカ中部、古代遺跡が集中する”文化三角地帯”にある『シーギリアロック』
1500年以上前に作られ、長い間忘れ去られていたこの遺跡は1857年に双眼鏡で岩山を見ていたイギリス人によって発見されることとなります。
200mの切り立った岩の上には宮殿だけではなく、貯水池や庭園も造られていました。

なぜこんなに高い岩の上に宮殿を作ったのか?

狂気の王カーシャパの物語
時は5世紀、この地を治めていたダートゥセーナ王にはカーシャパとモッガラーナという息子がいました。
カーシャパは長男ではありましたが母は平民の出、一方弟のモッガラーナの母は貴族の血筋。

弟に王位を奪われるのではないかと恐れたカーシャパは、父を幽閉して王位をはく奪、カーシャパ1世とし即位します。
父ダートゥセーナに財産の明け渡しを迫ると、ダートゥセーナは「これが全財産だ」と自分が建設した巨大な貯水池を見せました。
怒り狂ったカーシャパは父を殺害。そして身の危険を感じた弟モッガラーナはインドへ亡命します。

それからカーシャパは狂気にとらわれてしまったのか、弟の復讐を恐れたのか、
切りたった岩の上に宮殿を作り始めたのです。

そして11年後、援軍を率いてやってきたモッガラーナに敗れたカーシャパは自ら命を絶ってしまいました。
その後シーギリアは仏教僧に寄贈、首都は元のアヌナーダプラに戻されたのです。




昔はワニが放たれていたというお堀を抜け参道へ。両脇は、王の沐浴場と言われる池が。
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雨水をため自然に吹き上がる噴水
シーギリアロック噴水
雨の多い季節には噴水が見られる。
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この岩の間からスタートです。
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かつては500人描かれていたという「シーギリアレディ」今はたった18人しか残っていません。
殺害してしまった父の霊を鎮めるためにこの美女たちを描かせたともいわれています。
高貴な方ほど洋服を着ていないのだとか。
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カーシャパが自分の姿を映すために作られたというミラーウォール
この壁にはシンハラ文字で書かれた詩の落書きがたくさんあるそうです。
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途中に巨大なライオンの足が現れます。
シーギリアとはライオンの喉という意味で、かつてはここにライオンの頭があり、その喉を通って宮殿へ向かったと考えられています。
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TEH世界遺産より ライオンの門想像図
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頂上は365度の大パノラマ
今は宮殿跡だけしか残っていません。
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貯水池には今も並々と水がたまっています。
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崖におかれた巨大な岩は敵が来たときに楔をはずし落とす仕掛けになっています。
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Amila Tennakoon
ダートゥセーナ王が作った貯水池カラーウェワは現在でも利用されているそうです。
「これが全財産だ」と貯水池を見せた父を殺したカーシャパが、こんなにも水の豊かなシーギリア宮殿を作ったとは皮肉なものですね。
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via PIZZATRAVEL.COM.UAsometimes interesting


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